尚巴志ゆかりのコース
旧佐敷町は、十五世紀初めに琉球三山を統一して第一尚氏王統の基礎を築いた尚巴志王にまつわる伝説の多い町としれ知られています。このコースは、旧佐敷町内の尚巴志ゆかりの史跡を中心に、旧大里村の大里グスクと大城按司の墓までを訪ねるコースです。
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島添大里グスク(シマシーオオザトグスク)
14~16世紀、東島尻を領有する島添大里按司が構築し君臨した。北側、西側は絶壁に守らせ、攻めにくい造りとなっている。グスクは2万平方メートルを超える規模をもつ。大城按司を滅ぼした数年後、佐敷の小按司尚巴志に滅ぼされる。北側崖下には島添大里按司の墓がある。 南城市指定史跡 -
小谷(オコク)集落
部落の発生は300年ほど前ではないかと伝わっている。石垣や石道が多く、「小谷、新里やチンシ(膝)割いどころ」と歌われた。首里金城町の石畳と同じ造りである。 南城市指定史跡(石畳道) -
場天御嶽(バテンウタキ)
琉球三山統一の覇者・尚巴志の祖父、佐銘川大主が伊是名島を逃れて移り住んだところ。現在の場所は移転地で、元の場所は1959年の大雨による地滑りで埋没している。 -
佐敷上グスク(サシキウィーグスク)
尚思紹、尚巴志父子の居城であったが、尚巴志が中山城を攻め滅ぼして移った際、城郭の石は全部首里に運んだと伝わる。尚巴志の500年祭を機会に建てられた「つきしろの宮」が残る。佐敷では「上グスク」とのみ呼ばれることもある。 南城市指定史跡 -
ユックイーヌヒラ
字手登根から旧知念村の字知念、久手堅へ上る坂道で、昔は首里から歩いて、知念グスク・斎場御嶽の各霊場を回るとき、この坂辺りで日が暮れたという。かつては手登根から字知念・久手堅境界までは全部石畳の立派な道であった。 -
佐敷ようどれ
第一尚氏の祖、尚思紹とその家族を祀った墓。全体が石造りで屋根は半円形。カゴ型に近い独特の形をしている。1764年西上原の崖下から現在地に移された。現在は自衛隊基地内にある。 県指定史跡 -
大城按司(オオシロアジ)の墓
旧大里村字稲福近くの林の中にある現在の墓は、明治25年に移転築造されたものである。この墓は琉球の一般的な亀甲・破風・ひら葺などのどれにも属さない特殊な墓型で、俗にボントゥ墓と呼ばれている。 県指定建造物
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